今後の知足庵に期待する
1. 自信を持って生きる
 尺八を50年ぶりに始めた理由
2. 柳生宗矩の思いは憲法9条へ
 海外に知足庵が伸びるには
柳生宗矩の思いを平和憲法へと命のバトンをさせ
それを英語で、しかも、マルセ太郎風に演出して、ライブのようにしあげることである
3. テンセグリティとラストサムライ道中で見えたこと
悪も善もテンセグリティのように全体に繋がっている。
それを復習で、絵を描くように検証してみたいと思っている。
4 世界の巡礼ネットワークで、地道な理解から平和へ
衣食住と仕事を共にすることで、人は人種、民族、国別、宗教別を超えて真に理解できる
武力による押し付け支配、言葉と会話における理解、それらの限界を超えて
ともに平和社会目的に衣食住と仕事を共有するときに、真の理解がうまれ、新しい道筋ができてくる
5. 対等な関係と自立心による共存関係
知足庵の衣食住で、とくに、食事と寝床をスムーズに確保する方法と
言葉の壁をこえて、ボディーランゲージをうまく使ったコミュニケーションを使うなど
その実体験的で学んでいく
6. 個人・家族・社会・国・宗教・人種民族とテンセグリティ
どうも、個人と世界はテンセグリティで繋がっている。
それを利用して、世界を正すことと自分を正すことをリンクしている事実を発見していく
7 英語版マルセ太郎にチャレンジ
英語で話せるように、また聞いてわかるように、子供が楽しく覚えられるように
日本の昔話を英語で、しかもマルセ太郎の一人映画を語るごとく、練習してみたい
8 英語の歌を尺八と歌でできるようにする練習
世界の民謡から
Amazing grace how sweet the sound
That saved a wretch like me.
I once was lost but now am found,
Was blind but now I see.
アメージング・グレース
何と美しい響きであろうか
私のような者までも救ってくださる
道を踏み外しさまよっていた私を
神は救い上げてくださり
今まで見えなかった神の恵みを
今は見出すことができる
'Twas grace that taught my heart to fear,
And grace my fears relieved,
How precious did that grace appear,
The hour I first believed.
神の恵みこそが 私の恐れる心を諭し
その恐れから心を解き放ち給う
信じる事を始めたその時の
神の恵みのなんと尊いことか
Through many dangers, toils and snares
I have already come.
'Tis grace hath brought me safe thus far,
And grace will lead me home.
これまで数多くの危機や苦しみ、誘惑があったが
私を救い導きたもうたのは
他でもない神の恵みであった
The Lord has promised good to me,
His Word my hope secures;
He will my shield and portion be
As long as life endures.
主は私に約束された
主の御言葉は私の望みとなり
主は私の盾となり 私の一部となった
命の続く限り
Yes,when this heart and flesh shall fail,
And mortal life shall cease,
I shall possess within the vail,
A life of joy and peace.
そうだ この心と体が朽ち果て
そして限りある命が止むとき
私はベールに包まれ
喜びと安らぎの時を手に入れるのだ
The earth shall soon dissolve like snow,
The sun forbear to shine;
But God, Who called me here below,
Will be forever mine.
やがて大地が雪のように解け
太陽が輝くのをやめても
私を召された主は
永遠に私のものだ
When we've been there ten thousand years,
Bright shining as the sun,
We've no less days to sing God's praise
Than when we'd first begun.
何万年経とうとも
太陽のように光り輝き
最初に歌い始めたとき以上に
神の恵みを歌い讃え続けることだろう
9 意識の研究
健康も平和も、意識一つで大きく変る。
自然は変わらなくても、その自然に対する意識で、人も社会も大きく変る。
自然に学ぶというより、自然に対する意識で どう人間が変わるかを学ぶ方がより自然に近づける気がする。
意識があるなしで、自然も命も、世界もみな消えてしまう。
つまり、意識がもっとも人間にとって重要であり、研究すべき課題でもある。
10 国際理解の技術
今北朝鮮の核ミサイル実験と挑発で、平和が乱れかかっている。
話し合いで解決できる技術を各国は持ちえない。
それは国際理解する技術が貧弱なせいである。
私自身、サモア人との結婚も、6年で離婚しており、国際理解だけでなく、男女また夫婦の理解にも失敗している。
残りの余生で、やり残したことといえば、この国際理解と男女の理解が後退したままでいることだろう。
お金や健康の問題は、その研究は「それぞれ3年あまりで解決する案ができた。
だが、国際理解の問題は平和への一歩にも研究してこなかった。
まさか、健康問題が、国際理解による平和問題に発展するとは意外の展開である。
それは健康は自分自身の心身の問題だが、それを社会に発展させると社会の健康は平和になったのは当然の帰結であろう。
平和にとって、一番大事なのは国際理解である。
男女間でも、お互いに理解しあえば、どんな形であれ、親友みたいな関係になれるものである。
☆甘柿の腐敗菌と戦う
うちの次郎柿が腐敗菌で落ちる前に、少々赤味がかったときに、収穫した。

腐り落ちる前に収穫〜甘柿
どうやら腐敗菌は、ヘタに溜まり、それが、枝から種に向かって入り込むようだ。

そこで、お酢をヘタに吹きかけ、内部に侵入した腐敗菌をやっつけ、日に照らして、赤味が少々深みがかったら、すぐ食べた。まあまあ、甘くて、美味しかった。
☆善玉菌と悪玉菌
甘柿の腐敗菌(悪玉菌)を消毒するのに、酒や焼酎などのアルコールを使う。

酒も焼酎も、麹菌(善玉菌)で発酵させたものだから、善玉菌で悪玉菌を退治するようなものである。

この両者の関係は、作物が善玉草で、雑草が悪玉草と同じであり、

作物が雑草を全て退治することはなく、作物が雑草よりも多いときに、作物が勝ち、雑草が負けたという、

いわば、同じ種の両者の多数決のようなものが、退治また復活という姿で現れる。

何が善玉で、何が悪玉かというと、人類を活かすのが善で、人類を殺すのが悪というものであり、

他の生物にとっての善悪ではない。

そして、善悪とは性善説性悪説のような絶対的な神と悪魔の姿ではなく、

腸内細菌の善玉菌と悪玉菌の量の多少の関係で、

より善玉菌が多ければ健康、より悪玉菌が多ければ病気、という

民主主義の多数決の関係だと言えよう。
☆北朝鮮の平和問題
今の北朝鮮とアメリカとの関係は日本にとっては、アメリカは善玉菌で、北朝鮮は悪玉菌のような姿に見えるが、

それはアメリカよりの視野だからで、北朝鮮よりの視野だと、戦争の敵味方と同じで、アメリカが悪玉菌、北朝鮮が善玉菌に見えてくる。

北朝鮮の問題の本質は自分の心身と同じで、北朝鮮の心身つまり社会・国自身にあり、

北朝鮮の国内の善玉菌(国を活かす国民)と悪玉菌(国を殺す国民)の戦いがされており、

その症状が、国を殺す悪玉国民が、国を活かす善玉国民よりも多くなっていると言えよう。

その病状を健全化するには、悪玉国民よりも善玉国民を増やす方法が一番であり、

他国(医者)が経済封鎖(化学物質薬)や武力(手術)で悪玉国民だけを殺そうしても、それは癌治療と同じで、悪玉国民のみならず、善玉国民も殺してしまい、善玉国民の免疫力をも低下してしまい、病状は今以上に悪化してしまう。

これは、戦争や仇討ちの負の連鎖でおこる悲劇である。

☆甘柿と北朝鮮
甘柿の腐敗を抑える焼酎や酢を振りかけるような方法で、

悪玉国民の自殺行為を抑え、善玉国民の自活行為を増やす助成をすることであろう。

この助成こそ、老いぼれ親父の平和運動である。

政治や宗教のような感情論的かつ抽象的平和論はナンセンスであるから、

理性的具体的平和論のような対話(議論)を引き起こすきっかけ(環境)を与えることである。

政治的対話のような、六か国会議にような対話ではなく、国連会議のような押し付け対話ではなく、

北朝鮮国内の自活を求める善玉国民と自滅を勧める悪玉国民との対話(議論)を盛り上がるようなキッカケ・環境を与え、刺激策を講じることである。

2014年に話題になった脱北少女パク・ヨンミさん(現在23歳)のスピーチ

にある、その体験談を国連で、もう一度話してもらったり、この動画やその内容を韓国が風船でビラまきしたりして、善玉国民に向けての勇気と愛国と平和への意識を強く刺激するようなことが有効であると思える。

世界の意識が北朝鮮の悪玉国民に向かうのではなく、善玉国民に向けることが先ず一番に必要である。

それは、後ろ向きでない、前向きな生き方に刺激を与えることである。

絶対的な善玉国民と悪玉国民があるのではなく、どの国民(金正恩を含む)も心の中にある善玉意識(自活力)と悪玉意識(自滅力)があり、

その自活力を刺激し、自滅力を無視することである。

今の時代、直接対話せずとも、アメリカのトランプと北朝鮮の金正恩が、いつでもどこでもビデオ会話が直接できる。その際、

これが平和の祈りの技法、問題解決学、議論術であり、それはお互いに、相手の善玉意識・自活力を意識し、悪玉意識(自滅力)を無視して、日常会話のように進めると、自然に会話は好意的また平和的に、ユーモアも交えることができるようになる。

そして、抽象的感情的空しい議論ではなく、具体的理性的な実りある議論になり、アイデアもたくさん出てくるようになってくる。

そこで最も大事なのは、北朝鮮の問題は北朝鮮の国民で決め、米国の問題は米国が決めることで、他国が自論を押し付けるような結論にしてはならない。

他国の意見やアイデアはあくまで刺激、参考策、産婆助力であり、押し付けられるものではない。

こうした平和的建設的な議論ができる教育や学問が今世界中で求められている。

この平和議論技術が、人間関係、コミュニケーション、問題解決が日常的にできさえすれば、こんな北朝鮮問題は即解決の糸口を見つけ出すことができると思える。

11 表現する
芸術はみな人に何かを伝えるための手段であり、表現である。
単に言葉だけではなかなかその真意が伝わらない。
その言葉と内容を解りやすく、想像しやすいように、ドラマ風に演出したりする。
また、言葉は言語であり、通じる人と通じない人があるが、それを
音楽や絵や踊りのように表現すると
国や人種また時代を超えて伝わることも伝えることができる
健康に必要な体操も、音楽に合わせてダンスすれば自他ともにより楽しくすることもできる。
スポーツやゲームもまた言葉の壁を越えて、お互いに楽しむことで、理解しあう表現ということもできる。
伊藤多喜雄 TAKIOのソーラン節
歌と踊りがその時代の要請にヒットすると一気に子供中心に広がっていく。
子供は人類の未来の感性をもっており、子供でも解るような表現は古今東西受け取りやすい表現つまり理解しやすいものである。