命とは・・・・ 
1. お金より命
    命よりもお金を優先することで
多くの困難と悲惨と問題を引き起こしている。
もし
世界が『お金より命』という意識で行動すれば・・
お金による様々な問題は即解決する。
実に単純な意識変革と問題解決策である。

2、命とは・・ 
   人の命は哺乳類の命のバトンのように雌雄の愛による結合から成り立つ。
人間でいえば命を成り立たせているのは男女の愛である。
女性の卵子と男性の精子が出逢い受精して新しい人の命が誕生する。
この男女の命のバトンが無ければホモサピエンス人類は絶滅種になる。

つまり
命とは男女の愛を基本した命のバトンの永遠の流れである。

性・愛・恋は命のバトンとして本質的に同じものである。

3.愛とは・・ 
   愛がどんな形であれ
卵子と精子が出逢い受精し、新しい命を生みだすバトン行為があってこそ真実の愛である。
新しい命へのバトン行為のない行為は偽りの愛であり、そこから発せられる言葉は嘘である。
それは
恋愛=セックス=子育て は根本的に同じ行為である。
恋愛から始まり、子育てして、子が自立するまで家庭を平和に守る行為全体を恋愛といえる。
それぞれが別々に存在したら、それは偽りの恋愛である。

 
4.出逢いとは・・ 
   男女の恋愛の別れと結婚は
1つの卵子に多くの精子が競い合い、そして受精する姿である。
だが、
それが恋愛=セックス=子育てという真実の愛でないと、偽りの愛として別れ、破滅してしまう。

その出逢いが双方の最終目的が同じであればラッキーであり、ただの性欲や損得を計算するような目的であったならばアンラッキーである。

.組織・社会とは 
   
永遠に続く命の姿からすれば
独りの個性ある人間を基盤にした組織も社会も成立しえない。
独りの人間は必ず愛をし家族を築き、新しい人を育てるからである。
家族を基盤にした組織や社会が正常に稼働する。
個性ある独りの場合であっても、それは将来家族を持つものとして、未家族としての個人とみなすことで、
安定ある組織や社会が成立する。

6.組織を作ろうとしたら・・ 
 
組織に入る前に
まず家族を作ることを最優先する。
組織に独身で入ったとしたら
まずその組織内外で 家族を作ることを最優先する。

組織や社会の最小単位は家族だからである。

家族以上の大きな組織や社会を築こうとしたら
それぞれの家族全体が参加できるような、参加できなくても、影の応援者として認めてかかることが健全である。

組織も家族も、目的の共有ができないと安定しない。
目的が共有できない家族は解散して、目的を共有できる家族を新たに築くことである。

基本的に
それぞれの家族が幸福に満たされるように活動するだけで十分であり、
それ家族以上の大きな組織や社会を築こうとする必要はなく、他の家族をどうこうするのは大きなお世話であり、社会不安定にするだけである。

それぞれの家庭が個性あふれる幸せな家庭をめざすことで、そういう幸せな家族が集まり、目的共有できる家族同士は自然と家族で協力して助け合う組織や社会が築かれる。

大きな組織のリーダーの条件としてはそのリーダーが幸せな家族を築いていること。
基礎をしっかり立てなければ、大きな建築は危険であるからだ。

基本的に、それぞれが幸せな家族を築くことに専任しておれば、自然にその家族に関連する組織はその影響と愛と協力を得て、平和で安定していく。



 
.神仏より愛せる人 
   
神仏とは人心を支配する象徴的な道具である。
神仏はかならず人よりもはるかに上の存在であり、隷従させられる存在として祭り上げられる。
神仏の信愛は依存と隷従の心であり、洗脳され、操られてしまう力である。

命を築く愛には上下関係はなく、常に対等な関係から生まれてくる。
哺乳類としても人類の雌雄、男女の愛は対等の関係から生まれたものであり、それが自然であり、
上下関係のある愛は不自然な偽りの愛である。

神仏を要する宗教社会に、絶対君主政治があっても、民主自由政治はありえない。

神仏は人間に似てはいるが、理想と欲望の幻想産物であり、真実の姿を呈していない。

本当の神仏に値する存在は完璧な存在また人ではなく、長短所ある不完全な人間の心である。
それは恋愛する異性の心そのものに存在する。

「神仏より家族」
と言われるように、平和な社会に必要なものは神仏ではなく、愛せる家族である。

神仏をどんなに愛しても、それが幻想であるために、けして幸せにはなれない。
巧みな言葉を操られて、幸せであると錯覚した生活をするだけである。

愛せる家族を築く始まりは異性への愛であり、その異性に神仏以上の幸せを与えてくれる心の存在がある。

そうした異性の恋愛において、上下関係があると、お互いに縛りあい、互いの自由な生活ができなくなる。
対等の関係で、互いの自由を求め、目的が共有できる恋愛が健康で真実であり、互いに束縛しあう愛は偽りの愛であり、目的が共有できない愛である、