断食道場回顧録 
   2018/10/11-18までの一週間断食に参加した
   
 当初  ドクターK姉の78歳のペイスメーカー保持者・近所の30歳くらいの女性の三人で行う予定だった。
のち、いつものM笑顔描きと、O教授の小学校の友人(三日間)
さらに、急遽、私と私が途中であったヒッチハイカー21歳の6人でスタートした。
   
昔の断食道場のイメージ 
   私が15歳のころ(1965年)、伊勢原の断食道場に見学にいったことがある。
三日間玄米食を中心に減食し、三日間完全断食、そして、三日間玄米食のおかゆで増食した。
その間、何をやっても自由であり、特別なイベントはなかった。
それに参加した人たちはダイエットや病気をかかえた人たちだった。

一週間も断食しても死なないと思ったものである。


7年前(2011年)10日間の断食をした 
  原発反対のハンガーストライキを応援する気持ちで、塩と水だけで10日間断食した経緯がある
三日間苦しかったが、その後は食べなくても平気になり、とくに何もしなく、テレビばかりみていた。
腹が減って我慢できなくなると、寝て、その苦しさを紛らわした。
5日目からは身体がフラフラしだして、パワーがでなくなっていった。
ハンガーストライキが終わる10日間目に私もやめ、目の前にあった、昆布茶の一杯がやたら甘露のおいしさであったことが一番印象に残った。

体重の増減は当時測らなかったが、
断食前と断食後はほとんど変わりがなかったことは記憶にある。

ダイエット促進のため、プチ断食(一日)を数回したことはあるが
やはり、断食前と断食後の変化は一時の体重変化があっても、もとに戻ることを体験している。

 
   
ドクターKの断食道場・・ 
 
  ドクターKは数回の30日間の経験から編み出した断食健康法を予定した。
毎朝のバターコーヒー(糖分や炭水化物をとらない脂肪分だけ)だけを栄養分であり、
水分としてのお茶はいくらでも飲んでいいというものだ。
午前中と午後中は、骨間筋メソッド・無限ストレッチ(つま先立ち・スクワット・腕立て伏せ)の体操と、ヴィバッサナ瞑想(今していることに集中する)
夜は俳句会などの団らんの毎日だった。
 
   
M笑顔文字の意向・  
  まったく自由時間がないので、自由時間を入れることを主張していた。 
   
ゴンの突然の参加で 
  ゴン・・私のニックネームで、ありがたや権兵衛の通称だ。
断食会を始めるにあたって、みなニックネームで呼び合うことにした。
これが対等意識となごやかムードに効果的だった。

ゴンはなぜか一日前の10日初めだと勘違いし、淡路高速パーキングに10日着いた。
そこに 日本一周のヒッチハイカーがテーブルにうつむきながら寝ていた。
起きてから声をかけたら・・・
断食会に参加するということで、私をヒッチした。
ニックネーム ヒッチハイカーのカッチャンである。

知足庵に一日前に着き、近くのうだつの町のうどん屋に食べに行く。
私はたらいうどん550円
カッチャンはかけうどん400円
自払いで、カッチャン、青ざめていたので、聞いた。
「今、いくら持っているの?」
「4千円!」
「今400円使ったから、残り3600円かあ
日本一周ヒッチハイクは難しいなあ」

そこで、
うだつの町並みの昼食時間、水曜だったせいか、ほとんど観光客がいない。
断食会だから、
昼食時間は暇になるので、
かっちゃんに 趣味の似顔絵で稼ぐ方法を伝授した。
断食会の一週間、毎日朝11時半から13時半の二時間、似顔絵を描いて一枚500円でやるようにいい、
私は隣で尺八を吹いて、「イイね 100円、とってもイイね500円」の竹皿を置くようにした。

翌11日の13時半に近所に住むサーナーが車で駅まで参加者を送迎し、集まった。

主催者のクリちゃんの78歳のお姉さんとその息子さんのタケちゃんもやってきた。

もっとも驚いたのは78歳のお姉さんのポケちゃん(自称ボケの一歩手前でポケ)が、知足庵の管理人になるということで、一か月間試験的に滞在することになった。
それがOKならば、来年の4月から本格的に引っ越してくることになっていた。

あとで、解ったのは、
ポケちゃんは断食会に参加目的できたのではなく、、知足庵の管理人目的で来たのだ。

断食会の初めに、ポケちゃん

「千葉のお土産として、カステラとピーナッツをたくさん持ってきたので、どうぞ食べてください」

この第一声に、
参加者 唖然としながらも、・・・・
誰が言ったのか・・・

「今日は前夜祭ということで お気持ちありがたくいただきましょう」
お茶とカステラでみないただくことにした。

このカステラとピーナッツ・・断食会の一週間ときどきいただくことになる。

「断食会、いつも前夜祭で カステラ食べ」

カッチャンにもしお金がなく、食べ物がなくなったら、どうする?」
と問いかけ、ヒントとして、自然にあるもの。。
カッチャン、30分ほど、家の中を探し、鰹節を見つけたが、
「イイや、自然にあるものだ」
やっと縁の下にまわり、5分後、庭先の柿を発見した。
また、あとで、
家の庭に、ニラ、ノビル、ギシギシ、フキ、セリなどがたくさんあり、食べられることを教える。

柿は毎日の空腹を満たすことで役立ち、例会の学生へのお土産としても、役立つことになる。


   
まゆちゃん、断食会のリーダーとして大活躍 
  主催はクリちゃん医師だが、そのスケジュールは実行不可能だと察したまゆちゃん、
いつものサポート役で、参加者全員が楽しく自由に参加できるようなスケジュールを組みだした。
クリちゃん、いつものように みなまゆちゃんまかせで、断食会が動き出した。

まゆちゃんは
まず参加者全員がやりたいことを聞いて、そのスケジュールを組んでいった。

私ごんと、カッチャンは、毎日11時半より13時半 うだつの町並みで似顔絵描きと尺八をするので、その自由時間をくれるよう頼んだ。

すると、
まゆちゃんが、笑顔文字で、それに参加したいといったのに驚いた。
私は条件をつけた。
「これはカッチャンの生活費をかせぐための大道芸なので、もし参加するならば、お金をとらなければご遠慮願いたい」
それにあっさりと承諾し、100円とることで参加決定した。

翌々日には、ポケちゃんもウクレレで参加するというので、
それもボランティアではなく、お金をとるように、条件つけた。

すると、
主催者のクリちゃんも参加するようになった。

断食会のメインはなんとうだつの町並みの大道芸となっていた。
話題もみなうだつの町並みの大道芸がほとんどだったのである。

もう一つ大きな変化は
まゆちゃんがやりたかった
アズワン(昔のブレーンストーミングにテーマをつけたもの)を三回ほどやったことだ。
1.嫉妬 2.老い 3、管理 のテーマだった。

そのアズワンの手法で、一日の三回ほどのシェアタイムを実施したことである。

体操の
サーナーの体全体を両手でさそるメソッドを二回、くりちゃんの骨間メソッド、無限ストレッチ、ヴィバッサナ瞑想は一、二回しただけだった。

そうした体操や瞑想よりも、知足庵の掃除と、薪での風呂沸かしに時間が多く費やされた。

思い返せば
私が一番やりたいことをやっていたら、他の参加者もそれを楽しむようになっていた感じがする。

私は食べたいように食べ、やりたいようにやり、自由にすごすことで、ほとんどストレスが感じることがなく、
楽しいだけの断食会になった。私に感応したのか、みな自由に断食会を楽しんだように思える。

それが可能だったのは
まさにまゆちゃんが、みな自由に過ごせるような環境づくりに専念し、それをリードしたからだ。




、 
   
ポケちゃんがいたからみな優しくなれた 
  ポケちゃんの存在は大きく、彼女の意向が大きく知足庵を変えていくことになる。
つまり、
ポケちゃんは知足庵の管理人としてずっと余生を過ごすことを目的にしていたからだ。
だが、
知足庵をここまで発展させたのはマコ(大橋真教授)であり 、彼は便利な現代社会を見直すために、あえて不便な昔の生活で暮らすことが目的であtった。
ところが、
ポケちゃんは78歳の高齢であり、ペースメーカー保持者であるので、マコの意向を実現できる環境の管理人には不向きであり、バリやフリーや最新式便利な生活環境ではなくてはとても管理人などできないと思われた。
マコとポケの意向の矛盾をどう解決するか?
それが今後の知足庵の方向性に大きく関係したのだ。
そこで、
マコがやってくる一週間後までは今までのマコの意向をポケが理解できるように参加者が動いた。
そのためには、
ポケの二時間の自己紹介が大きな理解を与えたのである。
今まで、一泊二日の会合では、それぞれの自己紹介が3分から5分しかなく、長いと止められた。
それに対する質問さえも当然短くなった。
しかも、一日1人二時間の自己紹介で、自分の幼年時代の辛い体験を話すとき、みな涙をながしながら、また声がでなくなっても、聞き手はじっと待っていた。それが5分以上かかっても、待っていたことは大きなやさしさとお互いの理解に役立ったことは確かだった。
この一日1人二時間の自己紹介を作ったのはまゆちゃんである。
そうしたリードができるのはまさに天才的な理解力である。
   
アズワン導入で大きな効果あり 
 
マユちゃんが、その日のスケジュールを組む際、
参加者全員がやりたいことを言わせて、それらがみなできるようにした。
その中で、
マユちゃんが「アズワン」をやりたいというので、
午後の体操あとに、空いた時間にアズワン・ミーティングを開いた。

1、まず参加者全員に、話し合いたいテーマを聞き出す。
すると、最初はバラバラであったけれど、自然とテーマは一つになって決まってきた。
三回あったのだが

1.嫉妬 2、老い 3、管理
にすぐ決まった。

参加者全員がそのテーマに合わせて、自分の考えをまとめ上げる時間が5分から10分あり、
全員が準備OKとなった時点で、

1。1人二分間の発表がされる
 その順番は発表したい人が手をあげていき、
また発表していない人がそれに続いて発表する。

2、発表後、もっと知りたいこと確かめたいことを質問していく。
 その際、その意見の批判や賛同などの自分の意見をいうのはご法度である。
 それはアイデア発想法の基本であるブレーンストーミングと同じ。

3.全員の発表と質問のあと、
 全体の意見の傾向をまとめて、終える。

 ここで、重要なのは人の意見を理解することが重要で、自分の意見の押し売りはしないことである。
 そのため、議論も、批判も、賞賛もないので、和と理解の時間が共有される。

   
アズワン・ミーティングをシェアタイムの応用し、理解倍増 

参照⇒アズワン・ネットワーク
 
当初、シェアタイムが意見や要望や批判賛美がごちゃまぜになっていたが、
シェアタイムを三つの分けるとうまくいった。

シェアタイム

1、自分がやったこと(前回のシェアタイムから)とそれで気付いたこと
2.意見、批判・ 賛同・
  その議論が起きた場合、その論点を明確化させて、
  ディスカッションタイムに棚上げ(Xとして、代入、カッコにくくる、留保)
3、要望・アイデア
  その要望をやりたい人が手を挙げ、やりたい人がいない場合や反対の場合は保留し、現状維持する。
4.要望があったやりたいことを全体のスケジュールに入れる。
 でも、それに参加したくない人や個人的にやりたいことがある人は自由時間になる。


アズワンとシェアタイムから学んだこと 
 
1.それを言うべきタイミングを待つと、その意見が数十倍効果的に働く
2.人の指示や押しつけや割り込みに対して、「ハイ」と返事をしても、それが納得いかない場合は黙って従わず、自分の心の声に従い行動する。
3.その場で即言うのではなく、シェアタイムの時間に、素直に感じたとおりのことを話す。

   
知足庵の今後の方向性 
  まゆちゃんのアズワンとシェアタイムの導入で、どう人は自由に、発言し、行動し、楽しさを共有できるかが分かってきた。
それは二年間のコミュニケーションの完成への第一歩になtった。
それとは別に
当初の知足庵の目的が大きく変わりだしたことである。

O教授が毎月学生・留学生・社会人を知足庵の昔の生活体験を通じて、現代生活を見直すということができなくなってきた。
それはO教授が来年の3月に大学を退職するからである。

学生。留学生を知足庵に連れてこられるのは、今年いっぱいである。
海外のスタディツアーは来年の2月のモンゴルと3月のインドで最後になる。
そのため、
来年の4月からは社会人を中心とした自然と健康の会だけになる。
しかも、
知足庵は来年4月からポケさんが常駐し、管理人というより、ポケさんの家になるといった方が現実的である。
そして、
健康と自然の会が年に二回二拍三日借りたり、体操やエステ教室のレンタルになる。
そうしたレンタル料はポケさんに支払うことになるだろう。
もっとも、それは売り上げがあった場合の1割案をO教授が提出した。
自然と健康の会は、 今まで通り、学生一箔食事つき500円、社会人一泊食事つき1000円になるだろう。
薪を使う生活は年に二回の健康と自然の会だけになり、それ以外は、ポケさんが生活しやすい環境になっていくことになるだろう。

当初からあった宿泊施設にする案は廃案(棚上げ)になった、

健康と自然の会は年二回を知足庵で、年一回を滋賀のO教授のところで、年一回を私の山梨の家でやろうとしている。
また、海外のスタディツアーは、同じ健康と自然の会の目的を共有できる海外の人の家でもやる。


つまり、
私は山梨の自然と健康の会が成功するように、また、他の毎回の健康と自然の会が楽しめるように今後の余生をしたいと思うのである。
   
健康と自然の会のテーマ 
 
今までは漠然とした健康と自然のテーマであったが、
それが具体的になり、最も日本での死亡率が高い癌についての見解が主流になりつつある。
この癌の問題は、専門知識も、また経験的要素も必要なので、実に奥深く、なかなかどうとらえていいか、
判断しにくいものである。
知足庵ではかなり癌が何かという方向性が偏っており、それが正しいかは検証しにくい状態であり、
そのため、一種の新興的宗教のような信念にゆだねるかっこうである。
でも、それでは、本当に意味での健康と自然の会ではないので、科学的な検証あっての、癌をとらえていく方向に進みたいものである。