「Y」自然に準ずるお金が必要


1,ゲゼルの減価する貨幣の調整


 お金が循環するためにはその貸借ができないことが重要であるが、ゲゼルの減価するお金は貸借することを禁止するまでもなく、減価するので損をするので誰も貸さないし、もし、借りても長く借りていた方が得になるので返そうという気にならない。そのため、緊急時に必要が在る場合はほとんど贈与の関係になる。

 そして、お金が国民全体のくまなく循環し続けるには、人間の血液また自然の水の流れのような、この減価する貨幣でしか実現しないと思われる。一番自然にあった状態のお金が減価する貨幣であるからだ。

 この減価する貨幣がしばしば問題になるのが、「貯蓄できないお金」であると指摘される。そのため、ゲゼルは貯蓄はお金ではなく、商品で貯蓄することを提案している。

 今の貸借する貨幣は貯蓄でき、しかも遺産相続をすることもできて、限りなく貯蓄ができる仕組みになっている。それは生まれながらにして、人は平等ではなく、貧富の差が当然生まれる結果にもなっている。

 人がなぜお金を貯蓄するのかといえば、将来の危機に備えるためであり、それは主に子供の教育費、冠婚葬祭、仕事がダメになったときの復活費、病気になったときの治療費である。

 それらは人が安心して生きていくためには必要な智恵である。

 しかし、もし国が教育や医療や最低生活保障をしてくれるならば、貯蓄の必要性はほとんどいらない。こうしたサービスは商品で貯蓄するのは難しいことである。

 そして、国が国民の最低の文化的生活と医療を保証してくれる社会でない限り、減価する貨幣が国民は承認しないだろう。国が役人天国のようになって、国民の生活よりも、役人の生活を上にするような社会が往々にしてあるものである。そうした社会を国民が監視する意味でも、自分の生活は自分で守れることが可能な貯蓄できる貨幣であることは必要になる。

 しかし、永代所有を認めてしまうと、運不運の差が大きくなり格差社会となって、一部の金持ちだけが裕福になり、多くの国民が貧困者となってしまい、金持ちの奴隷になってしまう、不安定な社会になってしまうのが今の時代である。

 この国と個人の貯蓄バランスをする方法を見つけなくてはならない。

 そのカギとなるのが、3つある。

 @減価率を森が循環する30年に合わせる

 A個人・自治体・国の貯蓄の最低と最高の限度を法的に決める

 ゼゲルの減価する貨幣は自然の現象に合わせた貨幣であるから、自然全体の循環に合わせた調整をすれば個人と国のバランスは可能である。

  

2,世界のお金の基軸指標を何にすればいいのか


 世界の標準時間をロンドンのグリニッジ天文台の経度を基点にすることで、各国時刻の時差が計算できる。時間ではなく、重さを量るハカリがどのハカリでも一定であるようにするには、時間とともにその重量がほとんど変化しない金のようなモノに合わせたハカリのバネを調整したものにする必要がある。

 商品の価値を表す数字はどの国の通貨(ハカリ)でも、一定の基点が必要である。そのため、世界が金本位制のときに、金1g=1円=1ドルと国際間で取り決めすることができたのだろう。

 しかし、商品価値を決めるのは金の重さとはまったく関係がないので、その国際間の取り決めは意味はなさない。そのため、金の保有量だけ発行できる通貨となり、しまいには金の取り合いになってしまい、金本位制から管理紙幣に代わらざるをえなくなった。

 管理紙幣にしたからといって、商品の価値の基点が一定になることはない。その管理紙幣がアメリカドルとなったが、それはアメリカ一国の経済の信用度になり、商品のハカリの基点は常にアメリカ国内の経済事情によって変動するため、アメリカ経済がダウンすると、世界全体に波及ダウンしてしまう。

 商品価値を決める基準は、商品の需要と供給によるものである。それはその商品価格を決める際の競りやオークションに反映される。いわば、他の商品の価値との比較から生まれる数字である。

 そして、需要と供給の根幹にあるのは個々人の欲望とその環境であり、それは世界中一定ではありえないだけでなく、すべて主観によるものであり、統一できないバラバラであるといえる。

 こんなに商品のハカリが世界中バラバラなのに、そのお金が流通されるのはどうしてだろうか? 

 例えば、ある金の重さを人類の数69億個のハカリで量ったしたら、みなバラバラな価が出たとしたら、人々はどんな計算をするだろうか?

 まず、極端に大きな数字と小さな数字は省いた、残りの数値の平均値を基準にすることでみな納得するだろう。

 金本位制から、アメリカドル管理制の次にくるのが、世界物価平均指標制 にならざるをえなくなるだろう。


 現在、世界経済の指標が株価と外国為替である。それはまさに債券価格が指標になっている。それはまさに貨幣が貸借する貨幣になっているからだ。その貸借でない贈与減価する通貨になった場合は、各国の物価が株価の代わりになり、物価の平均値がダウ平均にとってかわる時代がくるだろう。もちろん、ドルに対する外為ではなく、平均物価に対する外為の変動相場にとってかわることになるだろう。

 そして、各国の天気図のように、各国に物価測定モデルとなるものが決められ、その数値が世界中で総合計平均値が求められることになるだろう。


 

3.分かちあうためのお金の創設


 お金は単に商品の価値を計るだけの機能ではない。そもそもお金がどうして便利な道具として世界中に使われたかである。それは世界中のモノやサービスを人類全体で分かち合おうというものだと考えられる。

 例えば、100人の部族民がいたとする。あるとき、一頭の大きなイノシシを捕まえて、部族民みんなでそれを食べようとしたら、どんな風にするだろうか?

 部族民には子供も病人も、頑強な大人も、妊婦さんもいるとしたら、そのイノシシの肉をどう分配するだろうか? その場合、子供は少なくていいし、妊婦や頑強な狩人には量を多くする計算をするだろう。通常の大人1人を100としたら、子供は50、妊婦や狩人は150にして100人分を計算すると、うまく分け合うことができる。

 この分類券がお金に当たるだろう。

 これは物々交換にもいえる。みなそれぞれが必要なモノを受け取り、必要がないものを誰かにあげるようにする。そのためにはどうするか計算してみると、。100人の村人が生産する商品とサービスを合計は一頭のイノシシになる。そして、各村人が必要とするモノはその人が食べるイノシシの肉の量に価する。

 そして、集まった商品とサービスの中で通常の大人が必要とする各商品の量と質の平均価値を100として、各村人それぞれがもっとも必要とする価値順に配分される。いわば、需要と供給の競りにおいて、もっとも高い値をつけたものがその商品をえることができるようにする。

 例えば、ミルクの価値がもっとも高いのは赤ん坊である。各商品サービス毎に村人のせりが行われて配分される。そのせりの数値もお金によって決められる。

 これは村人が生産した商品とサービスは供給であり、各村人1人1人は需要である。もっとも需要の高い順にモノは配分しやすくするのがお金にあたるだろう。

 つまり、お金とは個々人が一番必要とするモノやサービスをその人にゆきわたるようにするため道具であるといえる。

 飢餓する人々のところにまっさきに世界中の食料が集まる役目がお金の役目である。しかし、今のお金は逆である。世界中の食料は裕福な人のところに集まるための道具になってしまっている。

 こうした分配は一度実際に世界中の商品を集めてからするには無理であるが、商品をお金に換算して一度総合計し、それを各個々人に分配することは可能である。

 お金にモットーがあるとしたら、「必要な人に必要なだけのお金がゆきわたるように」となるだろう。

 そのためのお金のシステムをくむとしたら、ポイントになるのが、世界全体に対する各国の個々の物価指数である。それによって、世界の商品サービスが配分されるようになるのが本来のお金の役目であろう。

 今は金儲けの尺度で投資配分されるが、次の時代の貨幣はその土地のその商品の必要度で、商品が配分されることが望ましい。そのためには貨幣の量ではなく、貨幣の質による配分が求められている。

 例えば今回の震災があった場合、そのために、その財源は関係なく、その震災復興のためのお金が新たに発行され、そこに贈与される。また、逆に先端技術による戦争が絶えないとしたら、その戦争資金を回収、それが難しければ、お金で戦争に関する商品の売買を禁止する処置ができるようにすれば、被害を大きくすることも防げると思える。

 お金の質とは交換する商品が核兵器や原発のようなマイナスの価値がある場合、交換不能になるようなものであり、なんでもお金で買える時代は終わり、人にプラスの価値をもたらすものしか売買できないお金のことである。

 また、震災の復興のための財源を国債や増税で捻出する必要がない。それは震災そのものがお金を発行するいわば財源になるからである。これはかなり理解するのに難しいかもしれないが、「なぜお金を発行するか」「お金はどうして循環しないと経済は安定しないいのか?」ということから理解する必要がある。

 まず、お金を発行(借金)をして、その分を回収(返済)する増税必要がないのは、減価率30年で自然にお金は発行元に帰ってくることと同じことになるからだ。つまり、発行された金額が100兆円だとしたら、それは30年後は期限切れで使えなくなるから、その時点で、100兆円は市場の流通から消えることになる。しかし、発行元は消えた100兆円分をまた発行できる可能性があるので、そのお金は循環できることになる。

 次にお金の発行者の財源は、無からそのお金を作り出すのであるから、財源はただである。現在のお金の財源というのは金持ちが持っている現金や債券のことである。しかし、そのお金を最初に発行したのは中央銀行の日銀であり、日銀の財源は無なのだ。ただの紙切れに数字を記入し印刷するだけで、1円の経費で1万円の金を印刷できる。それが電子マネーであれば1円の経費もかからずに、1億円でも1兆円でも作り出すことが可能である。

 では日銀の財源は本当に無なのだろうか? いやそうではない、国民がお金を必要とするところに必要なだけのお金を配分するために発行する。もし、あなたが、地域通貨を発行するとしたら、最初に地域通貨を発行する財源は必要がない、その地域がどのくらいの通貨が必要かどうかの判断だけである。

 つまり、震災で被災者が必要なのはお金によって、他の国民の協力を商品やサービスを得ることができるようにするためである

 しかし、むやみやたらにお金を発行したら、ハイパーインフレが起きることは確かである。それは国民に必要以上のお金を印刷するからである。

 例えば、国民総生産に必要なお金がちょうど印刷流通しているとしたら、国民総生産の額だけのお金が流通していたことになる。そのとき、大震災があった場合、国民総生産は数100兆円分ダウンすることになる。被災者がもっていた財産や生産は失われたのである。その失われた財産と生産分のお金はどこにいったのだろうか? たとえば、あなたのへそくりのお金が100万円の現金があったとする。その100万円が津波にさらわれて消えた場合、そのお金を保証することができるのはいったいだれであろうか? 他の誰でもないお金の発行者なのである。

 汚れた紙幣は廃棄し、その分の新しい貨幣を印刷してくれるだろう。それとまったく同じことが震災で汚れ失ったお金を新しく印刷発行し、元の持ち主にわたしてあげることが紙幣発行者の仕事である。つまり、天災で失われたお金や生産や財産は日銀が責任をもって再発行すべき仕事である。だからこそ、震災の被害額の保険はお金の発行元である日銀が無料で再発行する責任があり、その財源を金持ちからの借金や他の国民の増税でまかなうことは言語道断であるというべきである。

 それはお金の本質をまったく無視した馬鹿げた行為になるのである。

 リーマンショック後、世界不況に陥り、日本は不況型デフレになった。とくに、その不況の発祥したアメリカはリーマンブラザーズの負債総額にして約64兆円で倒産したのだが、ギリシャの国債総額は32兆円であるから、奇しくも一国の債務の2倍以上の借金返済ができなかったため、それから世界中に連鎖倒産していった。

 これは市場は借用証書が現金以上に出回り、ほとんど9割を占めている。そのため、64兆円の借金返済が不履行された場合、その金額だけの流通するお金が減ることと同じである。そのため、市場が必要とするお金が少なくなって、物価が下がり、またお金が必要な企業にはお金が回らなくなる。そのため、倒産、従業員も再就職が難しくなる。

 これがデフレ不況である。これを回避するには、市場から大量の債券が無くなったのだから、その分の現金を印刷発行すればよいことになる。そのため、アメリカやヨーロッパは大量に現金を印刷して、市場に放出した。しかし、ハイパーインフレにならなかったのは、市場が必要とするお金が元の総額にもどったためである。もし、倒産負債総額以上に大量の紙幣を発行印刷した場合はどんどんインフレになっていくことになる。

 問題は中央銀行が大量に発行した紙幣をどこに配るかである。多くは不良債権や暴落する株をを買い取ることで発行するのである。破産する企業の株(債券)を買い取ったり、国の国債を買い取って、その債権主である投資家にお金を大量に投入することになる。

 このことは、金持ちにだけ金を回し、貧乏人には金を回さないという、金持ち優遇処置であるたま、経済格差は広がり、金で金を儲ける投資会社の集まるウオール街だけが繁栄するが、中小企業にはほとんどお金がまわらず、倒産も多くなり、失業者もあふれることになる。

 これが中央銀行が金持ちの従者にならざるをえない構造だからである。貸借貨幣をどんなに発行しても、金を貸し出す金持ちはさらに金持ちになり、金を借りる貧乏人はさらに貧乏になるという悪循環が広がり、最終的にこうした貸借貨幣は崩壊する。それは以前の政府紙幣の崩壊と同じ結果になるのである。

 根本的に治療するには貸借貨幣を減価する貨幣にするしかないが、いっときでもその崩壊をもたすためには、中央銀行で倒産負債総額の分を国の社会事業に無償贈与することで、その金が最終的に金持ちのところにもどっていく時間かせぎをするしかない。

 不良債権や不良株式や不良外貨(ドル)を日銀は買い取らず、国の社会事業である、震災復興資金、子供手当 医療費 生活保護 教育費などに限度を限って無償贈与をするしか道はない。それから、ゆっくり税制を整備していけば、そのお金がいくらかでも循環できるが、元の貸借貨幣構造を変えない限り、数年、数十年後には元にもどってしまうだろう。



4、お金でなんでも買えないようにする


 商品の価値を計るのがお金であるが、商品の価値がない、または人を破壊するような価値がマイナスのようなものはお金で売買することができないようにすることが大事である。

 戦争が拡大しないように、戦争の武器の売買を禁止することも、また製造を禁止することも必要である。それは麻薬の栽培や売買の禁止と同じように、人の健康や生活経済を破壊にするようなものはお金で売買できなくする。

 これは、現在のお金が貸借による債券貨幣なので、それは必ずギャンブル市場になる。商品の価値をはかるお金ではなく、金で金を生み出すゲームコインである。それが商品の売買にも応用されるような現在の経済はかならず行き詰まる結果になるのは、今の世界の経済状況をみればあきらかである。

 そのため、本来のお金が商品価値のハカリであることの原点にもどるならば、こうしたギャンブルコインでの商品の売買を禁止すべきであるが、それが長年あたりまえになってしまい、本来のお金にもどすためには、新しい減価する貨幣を発行するしかない。そして、その減価するお金とギャンブルコインとの交換は一切できないようにすることである。

 そして、商品価値があるものだけの減価するお金を発行する。商品価値がないようなものでも、人の意見はさまざまであり、商品価値があるかないかで議論になることも多い。例えば、核兵器や原発はどうだろう。その価値があるかないかは世界は二分する議論になるからだ。

 この場合、民主主義では多数決になるのだが、それぞれの国の方針になってくる。しかし、こうした判断が分かれるものは、減価する貨幣が使えないようにした方が安全である。

 確実に大多数の人がその商品は人類全体に必要であるというものだけに絞った商品、いわば、科学における事実のようなもので、だれでもが認められる事実のように、ほとんど(3分2くらい)の人が商品価値があると判断するものだけ、減価する貨幣が使えるようにし、判断が迷うような3分2未満の商品価値だと云われるものは、今のギャンブルコインが使えるようにすればいいだろう。

 つまり、減価する貨幣は生活必需品だけの通用し、それ以外のものは現貨幣のギャンブルコインが使えるようにして、商品の交換内容による貨幣の二分化し、それぞれの貨幣の交換をできなくすることが、経済を混乱にさせないコツである。

 生活必需品だけに通用する減価する貨幣は自然に準ずるような貨幣であり、それは人類だけでなく、命あるものすべてに通用する命の原理からなっている。一方、人類の心だけに通用するような現貸借貨幣は衣食住をえるようなもののためではなく、金で金を稼ぐゲームのためのコインになるため、人類の遊びに準ずるもので、他の生物には関係ないものであるから、人に準ずる貨幣といえるだろう。


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